◆ 彼の衣装 ・服のセンス。 |
南蛮、主にポルトガルの宣教師 (他世界侵略策士) 達から、彼にとっては新鮮な 文 ・物 を
躊躇無く、ご自分自身で身に纏い ・消化しました。 |
☆ ビロードのマント |
ビロードはポルトガルのveludoで、パイルカットをし、毛羽立たせた織物です。
素材は絹 (シルク) だったのか毛 (ウール) であったのかは不明ですが、
たぶんウール (羅紗 (らしゃ)) であったと考えています。
羅紗もポルトガルのraxaで、羊毛の糸で厚く織り上げた織物です。羅紗鋏はもう死語かしらん?
マントのデザインはAライン。マントはフランス語でmanteau。日本ではお袖無しAラインのコートにしています。 |
☆ フレーズシャツ |
フレーズはフランス語のfraiseで襞 (ひだ) 襟の事。
大きな襟にタック(tuck)、プリーツ(pleat)、ギャザー(gather)を施された、極めて装飾性の高いデザインです。
日本史の教科書で登場するザビエルの肖像画の襟の感じを思い出して下さい。あの感じのシャツです。
このアイテムは、信長さん、あまりお気に召さなかったみたいです。 |
◆ 安土城 。 |
寺院建築 (唐、天竺様、建築) から、日本オリジナル建築様式を構築しました。
七重の城の天守閣から世俗化された寺社仏閣を見下ろしました。 |
☆ 安土城等の城 ・寺院の内装 (壁 ・屏風 ・襖) |
その様な革新的な建築様式に感化され、壁 ・屏風 ・襖 の絵が革新を。
やまと絵 (狩野永徳らの狩野派) と水墨画 ( 長谷川等伯 らの雪舟派) の発展的融合。 |
長谷川等伯らが描いたと云われる彩色絵 「智積院」の 「楓図」「桜図」 には狩野派ビックリでしょう? |
「色」 と 「形 (構成)」 との融和 ・螺旋状的進化。 |
やがて、それらの感性が辿りついたものは、「桂離宮と日光東照宮」 で。 |
★ 2007/1/29 某T.V.で「バチカンに眠る織田信長の夢」
「暗殺の黒幕はあの男・・・残された暗号を解読せよ」 「信長コード」 がオンエアされます。
タイトルの凄まじさ、及び、Windows Vistaとのジョイント企画。 演出は、中谷直哉氏。
ZIPANGU は織田信長暗殺の企画立案者は、「近衛前久」 と考えています。
どの様に展開されるのか、わたくしどもも楽しみにしています。
例え、織田信長像を覆されても、私どもは信長の素敵な 「革新的感性」 が揺るぎないものと考えます。
「人間五十年 下天の内を比ぶれば 夢、まぼろしの如くなり」 を実践されたお洒落な織田信長。
安土桃山時代と称される、幻の 「安土」 城。消滅したが故の増す幻想。しかしながら信長はそこで生活を。
尚、オンエア後に再度コメントしたいと思います。 2007/1/28 ZIPANGU |
★ 番組拝見しました。Windows 「よいしょ」 内容には、恐れ入りました。
更に、何時も元気おじ様の寛斎先生もお出ましになっておられたとは、ビックリ。
山本寛斎さんの 「お着物」 を粋に羽織っておられるお姿、甚だ、感服つかまつりました。
わたくしどもは、前もって、信長暗殺首謀者は近衛前久と申し上げておりましたが、
この番組も一応、近衛前久と結論づけていました。
何を隠そう、織田信長は、「悠久と流れ続けている権威」 に抹殺されたのです。
このパターンは、1408年 足利義満 「突然のあの世への旅立ち」 と全く瓜二つです。 |
素敵でお洒落な織田信長の名誉の為に、
信長はイエズス会、キリスト教の世界制覇戦略には決して屈しませんでした。
又、彼は 「悠久と流れ続ける権威」 に対しても全面的に叛旗を翻してはいません。
信長のお茶目は、日本の「八百万の神々」の一人 (神 = 加美) に参加希望された事くらいです。
およそ、宗教と云う代物は、日々生活を営む方々が 「信じ」 てのみ成立するものです。
決して、強要されたり、強制されるものではございません。
信長は、八百万の神々を守りましたが、T○Sは、「窓 神」 に屈してしまった事は事実です。 2007/1/30 |
☆ 「本能寺の変」 の流れにつきましては、「近衛前久と勧修寺晴子」 をご覧下さい。
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源頼朝により伊達郡 (今のフクシマ県福島市と伊達市) の領地を貰い伊達氏と名乗り、その末裔の
伊達政宗。 初めてファッション界に東北地方ご出身の方が登場しました。
一昔前までは、この地方、田舎、ダサイ、話言葉が不明 とレッテル付けられていました? しかし、 |
「だてーっ (伊達)=カッコィィー ?」 と云う日本語は彼がお作りになっていたのです。 |
広辞苑では、
人目をひくように、はでに振舞うこと。
好(この)みが粋である事。 あかぬけて洗練されていること。 さばけていること。
見えを張ること。 外見を飾ること。 |
伊達女は、はで好みの女。いきな女。 伊達男は、しゃれ男。 伊達着は、はでな服装。
伊達心は、はでな気性。遊興を好む心。伊達姿は、粋な姿。はでな服装。伊達染は、流行の染様。
伊達襟は、重ね着感じに見せる為の襟。伊達者は、華奢風流を好む人。伊達巻は、違います ? |
伊達の薄着は、ハークション。 ファッションには暑さ ・寒さはお構いなし。 でもちょいと ブルルン。
等々枚挙に暇 (いとま) がありません。
伊達襟は、私ども婦人服のジャケットの襟デザインのテクニックとして使っています。 |
伊達政宗が窮地に陥った際に採用した 「こんなもんでどうだいっ。」 と云う
死を賭して迄もの究極のパフォーマンス。
その様な 「粋な男心」 を、回りの皆さんは 「カッコィィー ?」 と感じられたのかも知れません。
彼の 「心音 ・根」 に感じ入り、拍手を送った方々が派手目な新発想の物に 「伊達」 と云う言葉を。 |
「好き ・嫌い」 を別にして、翻って考えれば、外見変身はファッションの入り口。
玄関止まりではなく、もっと中にお入り頂き、インナー、心、迄も素敵にお洒落して頂けると・・・・・。 |
「そったらもん、百も承知じゃー。」 って 伊達政宗さんにお叱りを受けるかしらん。
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安土 ・桃山時代の続きは、又、後日にいたします。 お楽しみに・・・。
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