奈良朝(奈良時代)衣装<吉祥天女> フロント 摩訶不思議へ Maccafushigi

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日本の服の歴史 「日本の服の歴史」 目次

<奈良薬師寺の吉祥天女像への彩色絵>

吉祥天女の彩色絵 Copyright © 2006 Tomoko Nakagawa All rights reserved.

 奈良薬師寺の吉祥天女像に色彩を施してみました。原画は「重修 装束図解服制通史」で
 関根正直氏が書き写した絵です。 「服」の推理と彩色に当たり下記を参考にしました。

 ・高松塚古墳壁画    ・奈良薬師寺吉祥天女像  ・大分宇佐天福寺等仏像
 ・浄瑠璃寺吉祥天女像・東大寺及び正倉院の品々・養老令の令集解 等々

  「拡 大 絵」 はこちらで ご覧下さい。

 ☆ 奈良朝 (奈良時代) のお話しは 「舞絽倶(ブログ) 日本文化と服 ・小物」 でも展開。
   「奈良朝の服(養老令)」 「吉祥天女」 「吉祥天女のインナーウェアー」 を確認下さい。

<光明皇后の衣装?着付け 謎解き>

吉祥天女 絵 Copyright © 2006 Tomoko Nakagawa All rights reserved.1 吉祥天女 絵 Copyright © 2006 Tomoko Nakagawa All rights reserved.2 吉祥天女 絵 Copyright © 2006 Tomoko Nakagawa All rights reserved.3 吉祥天女 絵 Copyright © 2006 Tomoko Nakagawa All rights reserved.4 吉祥天女 絵 Copyright © 2006 Tomoko Nakagawa All rights reserved.5 吉祥天女 絵 Copyright © 2006 Tomoko Nakagawa All rights reserved.6 吉祥天女 絵 Copyright © 2006 Tomoko Nakagawa All rights reserved.7

7 肌着(襯衣(しんい))とフレアースカート(?)と帯と髪飾り6 7の上にガウン(広袖長袂衣)と装飾紐
5 6の上にショールを羽織る                     4 6の上にガウン(括り袖がい襠衣)とショール
3 4の上にロングエプロンドレス(蔽膝(へいしつ))2 3の上にショール
1 2の上にベスト(背子(はいご)
1 にショールとアクセサリー(ネックレス、ティアラ(宝髻)、赤い珠(宝珠))と御光・雲・水辺を付けて完成図へ。

ソックス(襪(したうず))と布製靴(潟のさんずい無し(くつ))は最初 7 から身につけています。
ベスト(背子)・ガウン(括り袖がい襠衣)の柄は正倉院及び東大寺仏像などに見られる文様から創造しました。
アクセサリーも同様です。 尚、詳しい説明は、「拡 大 絵」 でご確認下さい。Tomoko Nakagawa

<奈良朝 (奈良時代) の服飾 女性(レディース)>

★ キャリア(女官)のお仕事着

髪飾り (宝髻)ロングガウン (衣)腰下ロング後掛けドレス (褶)
腰下ロング前掛けドレス (裙)ワイドベルト (紕帯)布製靴 (潟のさんずい無し)
他にインナー (肌着)ソックス (襪)

上記の詳細は 「舞絽倶 奈良朝の服(衣服令)二」 に記してありますので、ご覧下さい。
ファーストレディー(帝妃)は今のところ記述された文献無し。
故に光明皇后がモデルかも知れない奈良薬師寺の吉祥天女像の絵は貴重。

<奈良朝 (奈良時代) の服飾 男性(メンズ)>

★ 親王(今の皇太子・秋篠宮さん)以下文官(高級官僚)の礼服

帽子 (冠)広袖ガウン (大袖、衣)ワイドバギーパンツ (白袴)
腰下ロング後掛けドレス (褶)装飾用ベルト (帯)左前足に垂らし用装飾アクセサリー (玉珮)
バストゾーン装飾紐 (綬)ソックス (襪)靴 (鳥皮潟のさんずい無し)
備忘録貼り付けよう板 (牙笏)

★ 武官(陸将)の礼服

帽子 (冠)広袖ガウン腋明き (位襖)丸首ベスト腋明き紐閉め (裲襠)
ワイドバギーパンツ (白袴)靴 (鳥皮潟のさんずい無し)両足脛プロテクター(錦行縢、向脛)
メタリック風ベルト (金銀装腰帯)装飾刀 (金銀装横刀)

この時代にはベルトも靴も何と革製。更にクラッチバッグも有りました。そのお話しは「ダイエットは三日坊主」で。

石帯 初期 石帯 後期 魚袋 靴
石帯 初期 石帯 後期 魚袋

クラッチバッグ (魚袋 ぎょたい) は実際は90度左回転、ベルト (石帯 いしのおび) に提げて使用していました。

<帝 (メンズ) の礼服と装飾>

御大袖 御裳 御綬・御玉珮 冕冠
御大袖 御裳 御綬・御玉珮 冕冠 (天冠)

御襪鳥皮潟の三水無

御襪

鳥皮潟の三水無
御綬(おんじゅ)は、帯でバストで結び余りを垂れ流す。
御玉珮(おんぎょくおび)は玉石をチェーンで繋ぎジョイントに金属製の板状のものが付いていて、たぶんウエストから提げていたと思われます。
更に足先まで届いていて靴(沓)に金属製のものがあたり「音」が出る様になっていたとの事。
冕冠(べんかん)は、5色の玉石を数百個で飾ってあったとの事。天冠とも。
御襪(おんしたうず)は靴下。
鳥皮潟の三水無(くりがわのくつ)は靴。

「養老令・衣服令」 には、帝 (天皇) の服の記載は有りません。
続日本紀の聖武帝、天平四年(732年)正月の条に、「御大極殿受朝 天皇始服冕服」
この年に聖武帝は、始めて礼服を着用された事になります。帝の礼服を 「袞冕(こんべん)」 と称したとの事。
袞は御衣 で 「龍」 文様の刺繍が施されていました。(左右のお袖の部分)(お袖カットは曲線) 冕は 「冕冠」 。お袖のカーブラインは、お隣、中国(唐)の影響?かも知れません。
ジャケットの龍以外の刺繍は、絵が小さくて良く見えませんが、両肩に 「日」 「月」 、背中に 「北斗七星」
前身頃は、「山」 「火」 「華虫(蟲) (雉子の事)」 「宗彜(そうい) (酒器の事)」 と云う8種類有りました。
ラッププリーツスカートの刺繍は、「藻」 「紛米」 「黼(あや)(斧の事)」 「黻(フツ) (義の意味になるとの事)」。上下で12種類の 「刺繍」 が。12進数か? 更に色は、両方共に 「赤地の綾織り物」。小物装飾は絵で。
インナーウェアーは、「小袖」 の綾織り物  「単」 の綾織り物  「表袴」 白の綾織り物
「大口袴」 の平織り物  「襪」 白地の錦織り物  「鳥皮潟の三水無」 黒皮で爪先を高く作成。 絵の感じ。聖武帝は、礼服用の黒靴以外に赤のスウェード製スリッポン (と思われる) をお履きになっていたみたいです。その詳細は、「正倉院 (聖武帝の赤い靴)」 でご覧下さい。   驚かれる事、請け負います。

<聖武天皇と光明皇后の御影(みえ)・肖像画のnews>

日本経済新聞朝刊 (2007/4/22付け) に依りますと、
この程、小泉淳作氏が、東大寺を建立した聖武天皇没後、千二百五十年の記念事業の一環として
聖武帝と光明皇后のお二人の肖像画(東大寺作成依頼)を完成されたとの由。
衣装考証は、キトラ古墳の壁面の 「玄武図」 を発見された考古学者の猪熊兼勝氏に依頼されたとの事です。
平成十八年四月三十日に東大寺大仏殿で行われる 「聖武天皇・光明皇后御影奉納式」 で初公開後、
五月九日から二十八日まで、奈良国立博物館で一般公開されるとの事ですので、
私どもも、とても楽しみにしています。

★小泉淳作氏の作品をweb画で拝見いたしました。

聖武天皇は素敵でしたが、光明皇后はちょっと残念。
今問題の高松塚古墳壁画と正倉院鳥毛立女屏風絵とのフュージョン? お色もかなり地味目ですし・・・・・・・。

<錦(にしき)の語源>

日本書紀 允恭天皇 「ささらがたにしきの紐ときさけて・・・。」
にしきは、丹頻で、丹(赤)が頻(度重なること)の意味になり、織物の縦・緯糸に赤い糸が多く走っている布。
それより古くは、丹白黄(にしき)と表記されているとも。赤・白・黄色の交織ものか?
「唐錦」 は、その様な織物の中国(唐)からインポートしたもの、及び、その輸入物に習った国産織物との事。

<養老令 衣服令に記してある服色>

1 白2 黄丹(きあか)3 紫4 蘇芳(すおう)5 緋(あけ)
6 紅7黄橡(きつるばみ)8 糸偏に熏(そひ)9 葡萄(えび)10 緑
11 紺(ふかはなだ)12 縹(はなだ)13 桑(くわぞめ)14 黄15 摺衣(すりごろも)
16 蓁(はり)17 柴(ふし)18 橡19 墨(すみ)20 他数種

糸偏に熏(そひ)は薄紅色。 (令集解では蘇比)
葡萄(えび)は山葡萄(やまぶどう)の根で染め、山葡萄の古名が「えびかずら」から。
蓁は榛(はしばみ)の事。柴は黒味有る桃色。

★ 色順は上位ほど尊重され、皆さん着用したい服色だったのです。

★ 上記の色サンプルを用意しました。「日本の色(伝統色)見本」 でご覧下さい。 (ZIPANGU)

<天平の暈繝(うんげん)に見る補色と匂い(グラデーション)>

あお(青)に(丹)よし ならのみやこは さくはなの にほふがごとく いまさかりなり

吉祥天女・ベスト柄 香印座・蓮弁・外側 香印座・蓮弁・内側 左の暈繝彩色は、「正倉院」 南倉37
漆金薄絵盤の配色を吉祥天女・ベスト
(背子) の柄に置き換えたものです。
左 吉祥天女ベスト柄
中 蓮弁・外側
右 蓮弁・内側
pdfファイルの13頁と見比べて下さい。

宮内庁正倉院事務所 保存科学室 成瀬正和氏らの調査結果に依りますと、金と、

白系顔料 鉛白赤系顔料 朱橙系顔料 鉛丹
黄系顔料 鉛白の上に藤黄(推定)緑系顔料 岩緑青青系顔料 岩群青
赤紫色有機系色料と鉛白(推定)藤色 有機系色料と鉛白(推定)濃赤色 鉛丹の上に有機系赤色顔料。
蓮弁は内外面とも白色下地境界線は赤色

これらの情報から次の様に色出しをしました。
境界線→朱 ・鉛白   赤紫色→臙脂   淡い緑→白緑   淡い青→白青   他の顔料はそのまま。
金(色)を除き、中は5色 右は4色 使い配色になります。   左オリジナルは、4色グラーデーション使い。

奈良の都、装飾物のカラー展開は、緑・青・赤紫の2色による濃淡と補色で十二分に立体感を表現しています。
当に、「あお(青)に(丹)よし」 の世界観。 おまけに、周りは 「桜色」 これには思わず・・・・・。

☆ 暈繝とは、同系色の濃淡を配色する事により色の境目を暈(ぼ)かし、更に対比色の濃淡の配色と組合せて、
   立体感及びリズミカルな華やかさを出す彩色方法。
   この奈良朝時代は、同系2色暈かしと補色使いにより、原色、派手目、目に刺激的な色調になります。

☆ 正倉院 漆金薄絵盤蓮弁 ・八画几の暈繝配色は、「続 補色と匂い」 でご覧頂けます。
 

<出雲の吉祥天女像 2006/10/5>

島根県出雲市の 「山持 (ざんもち) 遺跡」 で墨で描かれた女性の絵が発見されたとの事。
4点の板絵が土の中で1300年以上眠り続けていた事になります。
4点の内、1点は光背 (後光) が描かれている女性像でした。サイズなどは 「zipangu 奈良朝」 で。
この1点が吉祥天女像ではないかと云われています。
出土した所は 「出雲」 大和の飛鳥の都では有りません。
出土地点は出雲大社から東に約10qほど離れている場所です。
この時代の歴史の時系列には、未だ明らかでない事が非常に多く散見されます。
大分の 「宇佐」 島根の 「出雲」 奈良の 「飛鳥」 .etc なぞなぞ だらけです。
出雲の吉祥天女の新情報が入りましたら、又、お知らせいたします。 お楽しみに。
 

★   リ ン ク 先   ★
お品紹介 小物 ZIPANGU  和ごころ薫る小物の品々をご覧頂けます。
お品紹介 服 ZIPANGU  和ごころ香るインナーウェアー(タンクトップ等)
ご婦人服 ZIPANGU  和ごころ漂うアウターウェアー(レースプルオーバー等)
平安朝 十二単等 絵 ZIPANGU  春夏秋冬の十二単の彩色画をご覧頂けます。
奈良朝 吉祥天女 絵 ZIPANGU  吉祥天女像に彩色し、蘇らせました絵をご覧頂けます。
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